一言で定義づけできるほど、人間は単純じゃない

「私はこういう人間である」

答えを急ぎすぎていたことに気がつきました。

 

昨日のブログで紹介した

朝井リョウさんの「何様」を読んで

感じたことのひとつです。

 

 

「私は、忙しなく外で人と会って時間を過ごすよりも

家でのんびり自分の時間を味わうことの方が好きである」

 

そう自分を定義づけしていたけど

2週間近く家族以外の知り合いに会わないと

さすがに寂しくなって(笑)

会いたい人にご飯のお誘いのメールをしちゃった私が

ここに居る。

 

 

 

「私は、周りの流れに飲み込まれることを避けて

マイペースに進んでいく人である」

 

自分をそうだと位置付けていたし

そうありたいと思っているけど、

やっぱり今でも

人の活躍を見て嫉妬や焦りの気持ちが湧くし

私はこのままでいいんだろうか…と不安になる私が

ここに居る。

 

 

 

 

 

自分の中に矛盾があることに嫌悪感があって

「私はこんなはずじゃないのに!」って悶々としてたけど

「矛盾がある私こそが私」ってことを認めちゃう方がいいのかなって。

 

 

「1+1は2である」みたいに

「私とは◯◯である」と一言でバシッと言えるほど人は単純じゃなくて

もっと複雑で矛盾していてぼやけてる部分もあるよね?

 

 

考え方だって、時間や経験や周りの刺激で

どんどん変わっていくし。

 

 

自分を知ることに、ゴールはない。

 

 

完璧な答えを求めようとせず

一言でこれ、と決めつけず

見つめ続けて感じ続ければいいんですよね。

 

 

誰にどうこう言われたわけでもなく

ひとりで勝手に

「強くなければいけない」と囚われてたことにも

気づけました。

 

 

 

 

自分と向き合うって、奥深いな。

 

無料メルマガ配信中♡

在宅で月5万円の副収入を実現!
バイマ無料メール講座

購読者様全員に動画を無料プレゼント!

〜内容〜
2016年開催「物販ビジネススタートアップセミナー」
【バイマの販売の流れ】
【商品リサーチ方法】
【仕入先リサーチ方法】

ご登録はこちら


「地味女(ジミジョ)」の「自己発信力」メールレッスン

購読者様全員に特典を無料プレゼント!

「地味女」におすすめの副業・起業4選

登録はこちら

 

Related Entry

ゼロからイチを作るのが苦手な私

ひとつ歳を重ねて、思うこと。

不器用さに対する劣等感を、努力でカバーしてきた人生でした

人に合わせることが正しいと思ってた

主体的に選択する

やってみて初めてわかったこと